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幹細胞と知的財産権

 バイオテクノロジー分野の知的財産の保護の在り方については、遺伝子特許の保護の是非の問題をはじめ様々な意見が出されてきた。つまり、自然界に存在する人類共通の遺伝子を単離し、単に配列を決定しただけの発見に特許が付与されてもよいのか。新規な治療薬発見の重要なキーとなる遺伝子に特許を与えることにより、誰もが研究できなくなり新規な治療薬の研究を阻害するのではないかということが危惧された。しかし、遺伝子については、ただ単離しただけではなく遺伝子の機能を解明した場合にはその遺伝子に対する特許が付与され、発明者には独占権が与えられることになった。その結果、遺伝子やその遺伝子産物である蛋白質を使用して基礎的な研究をすること自体も特許侵害となった。遺伝子をはじめとするリサーチツール特許に関して独占的な権利行使をすることは問題であるとし、各国でもさまざまな対応がとられ、また、OECDでは2006年にガイドライン(遺伝子関連発明のライセンス供与に関するOECDガイドライン)が出され、遺伝子発明の円滑な利用を図るための指針が示されている。

 ヒト幹細胞についての特許も同様の懸念が存在する。ヒト幹細胞はヒト遺伝子と同様に、ヒトの体内に存在するものであるので、以下のような特徴と考慮すべき点を含んでいる。
(1)ヒトの体に存在する幹細胞自体に特許を付与することが妥当なのか。ヒト遺伝子の特許に関する問題がほとんどの場合、リサーチツールとしての遺伝子の問題であったのに対し、ヒト幹細胞に特許が存在した場合は、研究・開発行為のみならず、患者を目の前にしながら治療行為を行えないという結果をもたらす危険性を内包している。
 
(2)いわゆる生体から単離した幹細胞は、通常、幹細胞といっても実際には不均質な細胞集団である。そしてその不均質な細胞それぞれが、相互に関係しあっている。その結果、混合割合により、さらに純化した細胞集団とは全く別個の細胞集団のようにふるまうことがよくある。その点は、例えば、生体内タンパク質とは全く異なる。生体内タンパク質は、その精製度が70%であっても、精製度98%のものと比べて異なるタンパク質のようにふるまうことは通常ありえない。このことから、精製法は異なるものの同じ言葉で表わされている幹細胞集団(○○組織由来幹細胞)が、独立した関係なのか、抵触関係にあるのかの判断が非常に難しいことになる。

(3)ヒト細胞は生きており、刻々と変化を続けているものであることから、様々な特許上の問題が予測される。従来の微生物の発明において、微生物の種や系統は、その微生物の生活環で時間とともに変化するものではない。また、遺伝子改変動物の発明は、導入した遺伝子に着目すれば、これが時間とともに変化するものではない。一方、ヒト幹細胞等に関する発明の場合は、遺伝子には注目せず、細胞または細胞集団の発生・分化状態に注目したクレームがなされることが通常である。その結果、発生・分化状態を表現するクレームは、完全な状態をクレームで表わすことは難しく、いくつかの特徴的な性質(表面マーカー、分化能、由来)で表わすことになり、明確に発生・分化状態を表現することは不可能である。従って、クレームの明確性やクレームの範囲の解釈の問題が必ず発生すると考えられる。

 上記の技術的な特徴を持つ幹細胞技術や再生医療技術に対して、現行の特許制度をどう当てはめるのかは、おそらく未だ深く議論されていないと考えられる。なぜなら、実用化された技術が少なく、特許紛争がほとんど起こってないと考えられるからである。今後、幹細胞技術や再生医療技術は、医療産業自体を大きく変化させる可能性を持っており、その知的財産保護をどう構築していくか、構築された知的財産保護制度をどう利用していくか、重要な問題である。再生医療のイノベーションを促進するような再生医療技術の知的財産保護制度の確立が重要である。
 
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